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制限下の作品の方が良いものが生まれる 


ニコニコ動画(RC2)‐CG動画の作り方vol1 楽して作ろう

 この動画を見て思ったのは、『制限がある動画の方が良い作品が生まれる』のではないか?ということだ。

大分話しが変わるが、私は金儲けの為に作品を作るのは不純な動機だとは思ってない。
自分の作りたいもの、理念を貫いてできたものは確かにすごい。それだけで敬意に値する。
しかし、そういったものは自己理念に縛られ、本当に楽しめる作品は作れない、と最近思うようになった。
理念にしばられたものはどうしても利己的、自分勝手な作品になってしまうと思っう。

 例えば抽象画。私は美術史のことは良く分らないが、抽象画というのは画家が自己理念を追求した結果たどり着くような絵画たど思っている。
あの、余計なものを一切そぎ落とし、記号のような絵は、ある種の高貴さが感じる。
しかし、じゃあ抽象画はどんな人にも楽しめるのか、と言えば、そうではないだろう。
私が小学生のときに見たピカソの抽象画はただのラクガキにしか見えなかったし、面白くもなんともなかった。
抽象画というのが幅広い人へ向けた作品でない。という答えなら別にそれでもいいのだ。

しかし、これは抽象画だけの話ではない。
映画、アニメ、音楽、小説、ゲームなどすべての表現メディアにいえることだと思う。
 私の得意分野のアニメでいうと押井作品などはこれに当てはまる作品が多い。
『天使のたまご』、『劇場版パト2』などは特にその色が強い作品だ。
最近でいうとはてなに書いたが、現在放送中の『ef - a tale of memories』もそうだろう。

 だが「別に一部の人だけに楽しめる作品でもいいじゃん」と思っている人もいるだろう。
確かにそうだ。作品が商品としての価値がある以上、ターゲットを絞ったコンセプトの作品があってもいい。
しかし、もしそういうコンセプトなら見てもらう方法を考えなくてはいけない。
もしアニメを作りTVで流すとしてら、そのコンセプトはダメだと思う。それはTVは不特定多数の人が観るメディアだからだ。
TVで流す以上、不特定多数の人を楽しませる作品を作るのが商品としての作品のありかただと思っている。

 かなり長文になってしまったが、要するに私は『作品とは見てもらう人が楽しめることを前提に作るもの』だと思っている、ということ。

でここまでが前提。(前提長いな)
じゃあ、ニコニコ動画を考えてみた。

まず、これはお金を直接儲けるわけでもなければ、宣伝でもない。
じゃあ、縛りがないか、といわれれば、そうでもない。その面白い例が上の動画だ。

上の動画は3Dキャラの初音ミクを動かして映像を作る際、映像として不都合があり、
それを隠すためにこういう工夫をしているんです、というものだ。
それで不都合というのがここでの『縛り』になる。

 しかしうp主はこの縛りを工夫して誤魔化したしたといっているが、これは映像としては当然の演出技法なんだよな。
 例えば飽きでるシーンがあるのでカットを変えて誤魔化した。という項目があるが、これは映像を演出する上でかなり重要で、飽きは映像ではタブー。(詳しいことはここで)

 つまり誤魔化した結果、映像として『良い』ものになっているのです。それは他のシーンでもいえること。

ただ、それを演出技法として認識していないのはマズいこと。ちゃんと演出技法として認識すれば、これから作る映像がもっといいものになるのだが。

 こんな風に色々考えていた結果、何でもいいから縛りがあった方が良いものができるんじゃね?という考えに達したわけだ。

 最後にコメで「心理学まで使ってるのかw」みたいなのがあったが、はっきり言って、映像は全て心理学で作られていると言っても過言じゃない。と私は思ってる
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[ 2007/12/23 14:46 ] 映像関係 | TB(0) | CM(0)

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